うにちゃは映画の夢を見るのか

1997年生まれのオタクがそれらしいことを述べ、そこはかとなく納得、共感させてしまうブログ。イラストレーターになりたい。

オタクの特徴、イメージってなんか…

 最近オタクって簡単に名乗りすぎではないだろうか?私もその一人なのだが、生粋のオタクであると宣言できる。映画関連の知識は豊富だし、映画のグッズなどには毎年100万程度つぎ込んでしまう。まさに絵にかいたようなオタクなのである!!!それはそうとて、オタクについて考えてみる。

 

 まず、オタクの定義って何だろうか?好きなものに金をかけている連中のことを指す言葉なのだろうか、はたまたアイドルの追っかけを指すものだろうか。様々な考えがあるだろうが、確かなことは「何かに熱中している人のこと」=「オタク」というのがどうやら正しいかもしれない。

 しかし、熱中していればオタクなのだろうか?「今、めっちゃゲームにはまっています」=「ゲームオタク」というのは間違っているかもしれない。オタクになるためには熱中する対象のそれなりの知識が必要になってくるため、気軽にオタクとは名乗ってはいけない、いわばオタクはその分野において絶対的自信を持っている専門家のことなのだ。それは言い過ぎかもしれないが、誰にだってそうゆう分野は1つくらいあるのではないだろうか?

 

 ここで気になるのは、上記のような言い方をすれば人類みなオタクということになってしまっているということだ。それではまずい、オタクとしてのアイデンティティを失うも同然になってしまうからだ。そこで、オタクのある特徴に着目してみようと思う。

 

 それは、執着性ではないだろうか。執着というのは、しばしば悪い意味でつかわれたりする言葉だが、だからこそオタクにはもってこいの言葉であると思う。「推しが死んだらいきていけなーい」「2カラー出るならどっちも予約しないとー」これはまさに執着心ではないだろうか!

 

 でも私はそんなことを言いたかったわけではない!今の現代には隠れオタクとオタクぶってる奴が多すぎるわけだ!!許さん!!

 

f:id:unitya:20190830185815j:plain

 

 いまやオタクというのはファッションの一部になってしまったのだろうか、さわやかイケメンが「俺○○オタクなんですよー」に全く納得いかないのである。蓋を開いてみればちゃんとオタクだったってことは確かにあるが、それにしてもオタクのイメージとは今と昔では全く変わってしまったようにも思える。前面にオタクをアピールしていた昔に対して内に秘めたオタクを持っているのが現代オタクではないだろうか?もちろん全員がそうというわけではないが。

 

 それならまだいいが、やめてほしいのはオタクぶることだ。オタク仲間だと思って話していたら、途端にすごく引いてるときとかすごくある。なんでそうなってしまうだろうか、熱意ですか!?こっちの話す熱意が強すぎるんですか!?最低限好きなら別ににこにこして聞いていればよくないですか!?と思う。まぁ、こういうところなんだろうともおもうが。

 

 つまり、オタクと名乗るのは自分勝手というのが極論なのかもしれない。この一文ですべて終わってしまう。日本のオタク文化に幸あれ。